文化・教養

「三島由紀夫」を信奉する民族派・ホシュ派の人々

「憂国忌・発起人」 画像は「憂国忌・発起人」より拝借

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【直言極言】三島由紀夫の自決に思う[桜H23/11/25] へのコメントのページ - YouTube より



あえて、三島由紀夫の知人からのお話しを書きます。

三島は、思想的言動的に、ある意味で矛盾だらけの男でした。愛国­者には違いないが、彼の自殺の原因は、当時の日本人への非難の意­志表示だけではない。

当時の彼は、小説がさっぱり書けなくなり、作家として完全に行き­詰まった状態に陥っていた。それは、彼のタレント的作家人生の死­を意味していた。

そして彼は人生の最後に、大勢の人前で注目を浴びて、格好いい死­に方をやりたかったのだ。それが彼の人生最大の自己顕示欲の満足­であり、持って瞑すべしという心情だったに違いない。三島のよう­な、他人の目線ばかりを気にするような死に方は、決して本当の滅­私奉公的愛国者の態度ではない。

日本の本当の保守派の人達は、決して三島由紀夫を崇拝してはなら­ない。

彼は、226事件で処刑された青年将校達の亡霊に取り憑かれてい­たのだろう。彼等が、死後も昭和天皇を呪っていたのは、三島の「­英霊の声」などを読んでも分かる。三島の戦後日本を批判する思想­には、人間宣言を行った天皇と皇室への恨みも強く含まれている。

水島さんも、三島由紀夫と楯の会の自殺亡霊に憑依されないように­、ご注意ください。

投稿者:ytkodama



ytkodama へ

あなたは三島由紀夫の最高傑作の戯曲「サド侯爵夫人」が晩年に書­かれたものであり、今も国内外で公演され続けられていることを全くご存知ないようで­すね。

小説の「春の雪」「奔馬」も三島文学のこれまでのエッセンスが込­められた日本文学の珠玉の名作です。

三島の行動への反発からか、その芸術作品までも揶揄するのは明ら­かに見当違いも甚だしく見苦しいですよ。

投稿者:kkanda0629



ytkodama へ

もう一点、三島由紀夫が皇室を恨んでいたというあなたの見当違い­ですが、三島由紀夫はたしかに昭和天皇の人間宣言を批判してますが、一方­で彼は英霊の声の前身的な試作の「悪臣の歌」で、昭和天皇の優しいお人柄をも認めた上で、神としていてほしかった­という思いを込めてます。ましてや皇室に恨みなど持ってません。美智子皇后とはお見合いを­したご縁もある方です。

投稿者:kkanda0629



三島由紀夫は戦後日本を代表する1人の天才作家だったことは間違­いなく、彼の作品には珠玉の名作が多いことは事実です。

しかし、彼自身および彼の行動と、彼のフィクションである作品と­は別の物です。それは、三島自身も話していたことがあります。「­作家自身の人柄や人生は貧弱なものであり、作品への想像力が偉大­でも、その人の現実と創作とは峻別するべきだ」と。

彼が批判していた戦後日本人の風潮とは、まさしく彼自身の現実で­した。

彼は、大勢の人前で自殺することによって、戦後日本人という彼自­身を殺してみせたのです。理想的なフィクションとしての三島由紀­夫が、現実の三島を殺すことによって、彼自身の禊ぎ祓いを行った­のでしょう。

三島を崇拝する人達の多くは、非現実の理想化された三島の亡霊を­崇めているのです。

投稿者:ytkodama



ytkodamaへ

作品とその作家はあなたのいうように切り離せません。あなた自身­「英霊の声」と三島の昭和天皇批判を一緒にしているのに矛盾してますし、三島は­様々な作品の中にも、美学だけでなく戦後社会への批判や暗喩も織り込んでいます。

三島が自身で戦後日本人としての自分を裁いたというあなたの見方­も、言い換えれば戦前戦中の三島自身(平岡公威少年)に忠実に生き自決したという­ことで正に日本文化を愛した尊皇少年に三島が回帰したということで、あなたこそ三島の­行動や自決を憂国と認めていることになるでしょう。

投稿者:kkanda0629



ytkodama 氏のコメント内容は某書の内容の部分的な請け売りかと思ったりもするが(その本のタイトルは言わない。知りたい人は自分で探すべし)、三島由紀夫についての小生の所感は ytkodama 氏のコメントに近いし、それが概ね正しいと小生は観ている。kkanda0629 氏の見解には与しない。

何より、三島由紀夫には、天然の秀才にして真正の保守であられた
先帝陛下(昭和天皇)への不敬発言の前科がある。小生はそれを「反天連」の連中の不敬行為と同罪と見做す。三島由紀夫は少なくとも保守には非ず、民族系の左翼(右翼と言っても可、左翼と言っても可)か、保守とは真逆の何らかの革新信奉者であろうと思われる。

個々の人々が三島由紀夫のファンであるや否やはそれぞれの自由であり、勝手である。しかし、そうした個々の傾向や主義(イデオロギー)と、国家の戦略や政治は別である。それら二つは徹底して峻別しなければならない。

戦略において、最高に重要なのは保守の哲学に基づく思想や思考であって、それよりも重要なものは無いと小生は考える。そして、保守の哲学に基づく思想や思考にとって、民族派の情緒論や感情論ほど厄介にして邪魔なものはないかも知れない。

     ◇        ◇        ◇

民族派とは何か。「國體護持」を掲げておきながら、知ってか知らずは知らないが、「國體崩壊」を為さむとしている連中の総称。あるいは、「國體護持」を掲げておきながら、その自分たち自身が「國體崩壊」を為さむとしているのだ、ということが判っていない、見えていない連中の総称、と一応定義する。民族派は反日勢力の一つである。

現在および今後の民族派の言論傾向の具体例を以下に3つ。これら3つを通じてその思考の根底に脈打って流れているものは「反米英」なる民族派の教義ないし主義(イデオロギー)である。「國體護持」を掲げて「國體崩壊」を目指すのが彼ら民族派の秘めたる特技である。ここにおいて、「反米英」と「反日」は一致する。「反米英」にして「反日」となれば、もはや彼らは「支那・朝鮮・ロシア」のイヌかスパイということになる。


【1. 占領憲法エセ無効論の展開】

石原慎太郎らの反米民族派が占領憲法エセ無効論を展開し、かつそれを支持することによって、日本国憲法(占領憲法)の「カイセイ」を場外から援護している。日本国憲法(占領憲法)の無効論は保守の哲学に基づいて展開されなければならない。それができない間は、占領憲法体制は続く。

すなわち、彼らは占領憲法エセ無効論を説くことによって、保守の哲学に基づく真正の無効論に対する妨害電波を発し、結果、占領憲法体制を延命かつ擁護している。「自主憲法制定」なる論も然り。正統憲法たる帝國憲法の現存が認知できていない時点でアウト。彼らの言う「自主憲法」の「自主」とは、「対米自主独立」を主眼としての「自主」なるものであり、國體すなわち日本の安全保障を現状以上に危うくするものである。


【2. 日本の核発電(原発)と核武装を敵視】

東日本大震災の際の津波によって福島県の原子力発電所が被害を受けるや否や、民族派は突如として「脱原発」「反原発」を前面に出して主張し、合わせて「自立再生型の自然エネルギー利用の推進」などと、「反・技術立国」「脱・科学文明」の"お花畑話"をこれまた突如として発表する。

ロシアや支那や朝鮮の核武装には「反対運動」どころか「反対の声明」すらしたこともないクセに、日本の今後の核武装に必須となる核発電(原発)技術研究には、大震災・津波を「好機到来! この時ぞ!」とばかりに「反対の声明」を発し、「原発反対運動」も展開する。彼らのいう「自立再生」の「自立」とは、その中心に「対米自立(対米独立)」の意味を含有させた「自立」なるものであり、國體すなわち日本の安全保障を現状以上に危うくするものである。

同様に「好機到来!」さえすれば、対米英戦は、民族派の望むところなのである。昔も、今も! これからも!

ゆえに、正しい保守派が真剣に日本の核武装を考え、現実に日本が核武装するなら、それら核兵器の目標は間違いなく「ロシア・支那・上下朝鮮」に限定されたものでなければならず、対「米英」戦には転用が不可能な核武装に限られなければならない。なぜなら、「反米英」の民族派は、日本が核武装をしたらしたで、これまた突如、「さあ、アメリカに対し、核による報復を!」と叫び出すこと必定だからである。

小生は、日本の核武装を最も阻害しているのは「サヨク」でも「一般国民」でもなく、実は「反米英」の民族派ではないかと観る。「反米英」の民族派にとっては、"対「米英」戦には転用が不可能な核武装"では不満足なのである。


【3. 特亜の擁護、殊に朝鮮の擁護】

民族派は、「支那・北朝鮮・下朝鮮」と「英・米・GHQ」のどちらを憎悪し、敵視しているのかというと、「英・米・GHQ」を憎悪し、敵視しているのであり、相対的に「支那・北朝鮮・下朝鮮」に甘く、なかでも「下朝鮮」「在日」に対しては可能な限り甘い。つまり「韓国批判」がほとんどゼロ。その代わりに「『韓国批判』への批判」や「『在日朝鮮人批判』への批判」は彼らにとっては茶飯事と化している。

まぁ、どうしても「自主」だの「自立」だのを言いたいのなら、永世劣後民族たる朝鮮人に対してこそ、叱りつけるように何百万回でも何千万回でも、最後の一匹が死ぬまで言ってやれ! そのほうが日本の国益になる。

なお、冷酷かもしれないが、地政学上の現実として、朝鮮には「自主」も「自立」も永遠に無い。絶滅させずに生存させ続ける限り、連中は永世"生活保護"民族=永世"ユスリ"民族、永世"タカリ"民族、永世"物乞い"民族である。共産支那もまた同じ。支那について言えば、日本人は、「チューゴク大陸」などという、地政学ではない「地理の幻想」「地図の幻惑」からそろそろ醒めたらどうか。ちなみに「ヨーロッパ大陸」などというモノも地政学的には成立不可能である。

「支那・北朝鮮・下朝鮮」はクニモドキであり、日本にとってそれらは、とっくの昔に「用済み」であり、しかも奴らは暴力集団である。「支那・北朝鮮・下朝鮮」を焼化・絶滅させ、消毒・浄化を実行するのが日本の国益である。「支那・北朝鮮・下朝鮮」を無くせば、その必然の結果として、ロシアの南下が起こると考えるが、その一方、残る襲撃・絶滅(=殺処分)の対象をロシア一本に絞ることができる。もとより「支那・北朝鮮・下朝鮮」は対ロシア包囲網・防共壁としては何の役にも立たないことを、日米両国民ともに推して知るべし。

日本からの侵攻・爆撃の方向は、日本より見て「北北西に進路をとれ」(=北進)が正しい。「南」や「東」に進路をとるのは誤りであり、絶対にしてはならない間違いである。その「絶対にしてはならない間違い」(=南進)をやってしまったのが大東亜戦争の後半部、すなわち対米英戦であった。

それは、「國體護持」を掲げながら「國體崩壊」を為さむとした「反米英」の民族派が、いわば"輝いていた"時期に一致すると同時に、国内は万事窮乏を極めた時期でもあった。「大震災による計画停電」ならぬ「対米英開戦による計画窮乏」であった。「北北西に進路をとれ」(=北進)が善であり、逆の南進は天に刃を向ける狂凶の体現と化す。日本が日本である以上、これからもこの図式に変わりはないと思う。

もっと言えば、「支那・北朝鮮・下朝鮮」などは、外人に犯させておけば良かったのである。日本は満州(南満のみにあらず、全満州)における種々の権益さえ確保しておけば、「支那・北朝鮮・下朝鮮」などは、外人に犯させ、殺させ、好き勝手にさせておけば良かったのである。

「支那・北朝鮮・下朝鮮」を、わざわざ日本の国益や日本人の財産はおろか日本人の血や生命までをも大量に「持ち出し」て守ってやる必要など無いし、そうした行為は日本の国益に反する。すなわちそれは反日を利し、日本人・親日を困窮に陥れ、見殺し、挙句に敵に差し出して殺させる自虐・利敵行為なのであって、現にそうなった(殊に昭和20年8月15日以降の満州・朝鮮・千島等において)。

そして今なお、形態は多少変わったものの、そうした自虐・利敵行為が継続している(一例:生産組立拠点を支那・朝鮮に移転 →→ 日本国内で失業者・貧困者数増加 →→ 日本人自殺者数増加・政府社会保障費増加 →→ 自由国家の危機・自助自立の精神の危機)。

     ◇        ◇        ◇

「保守と民族派とは90度対立する」云々との主旨の図を、中川八洋氏はその著書の中でお書きであった(『民主党大不況』p363)が、小生に言わせれば「90度」どころではない! 両者の間には少なくとも「1800度」の螺旋状の対立関係がある。

普段、民族派の論客を徹底批評・攻撃している中川八洋氏であるが、民族派のなかでも三島由紀夫にだけはどうも甘いように思われる。三島を礼賛・信奉しているフシさえ窺える。三島への批判なくして民族派を隈なく攻撃できるものか、疑問である。それとも中川氏にとっては、「三島由紀夫」は、敬して遠ざけるべき聖域なのであろうか。民族派に聖域など設定してやる必要がいったい何処にあるのか。

あるいは中川氏自身が「憂国忌・発起人」に名を連ねているからなのか。

憂国忌・発起人(敬称略)
http://mishima.xii.jp/hokkinin/

代表発起人
井尻千男、桶谷秀昭、西尾幹二など。

発起人
浅田次郎、潮匡人、川口マーン恵美、小林よしのり、清水馨八郎、堤堯、富岡幸一郎、中川八洋、中西輝政、西部邁、西村幸祐、西村眞悟、福田和也、水島総、八木秀次、山崎行太郎など。



「憂国忌・発起人」には、コミュニストあり、反コミュニストあり、自称保守あり、偽装保守あり、まぁ何でもあり、という有様である。「発起人物故者」においても、葦津珍彦、江藤淳、岡潔、林房雄、福田恆存など、学校の成績は良いが思想的ないし精神的にアヤシイ人物が含まれている。いや、何らかの「主義」=「教義」=「イデオロギー」から脱却できていない(できなかった)通称有識者ないしチシキ人の名簿というべきか。

連中が反米派であれ、親米派であれ、ゴケン論派であれ、カイケン論派であれ、そもそも「体をぶつけて死ぬ」価値すらあるかどうかが甚だ疑わしい"ウソ憲法"にわざわざ「体をぶつけて死ぬ」破棄論派であれ、「アタラシイ自主ケンポウ制定論」派であれ、それらのどこに所属しようとも、凡そ彼らは「戦後体制ホシュ派」「占領憲法体制ホシュ派」「ウソ憲法ホシュ派」なのである。だから彼らは保守ではなく、保守と「1800度」の螺旋状の対立関係を成す。

そして彼らは、歳のせいなのか、あるいは三島への憧れや信奉が過ぎるのか、いまさら「1800度」の螺旋階段を自省の念を保持しながら登る気はほとんど無いようである。占領憲法(ウソ憲法)体制を七十年間もホシュすることに賛助してきた連中には、言い訳も弁解の余地も、悪いが小生は認めない。その「賛助」が故意か過失かも関係ない。

     ◇        ◇        ◇

三島はかつて「ニ・二六事件を肯定するか否定するか、という質問をされたなら、私は躊躇なく肯定する立場に立つ」(『蘭陵王』p100)と言った。小生は、「ニ・二六事件を肯定するか否定するか?」という質問をされたなら、躊躇なく否定する立場をとる。三島由紀夫や石原慎太郎ら民族派の言い分よりも、本居宣長や井上毅、
先帝陛下(昭和天皇)、バーク、リスト、ベルジャーエフらの哲学のほうが、如何にすがすがしく、切れ味最上であり、実に強靭であり、何と後味爽快にして明解なことか。







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政治・時事

アサヒが援護? 小泉進次郎さんの新自由主義布教活動(笑)

小泉進次郎氏「参加遅すぎる」 TPP反対の自民批判

 TPP賛成派の自民党の小泉進次郎衆院議員が、衆院議院運営委員会の委員を差し替えられた。野田佳彦首相のTPP交渉参加表明に反対する国会決議の採決で、党の方針に従わない構えをみせたためだ。

 自民党などは10日、参加表明に反対する国会決議案を衆院に提出。衆院議院運営委で採決する前、小泉氏は党側からの問い合わせに「その決議には賛成できません」ときっぱり答えたという。自民党は小泉氏を別の議員に差し替えた。決議案は民主党などの反対多数で否決された。

 小泉氏は記者団に「(TPP交渉参加は)拙速ではなく遅すぎる。自民党だったらもっと早く決断して交渉の場で戦えた」と持論を展開。「党に迷惑をかける」と差し替えには応じたが、「自民党が早期解散を言うのなら、なぜ首相の判断を遅すぎると言わないのか」と党執行部を批判した。(小野甲太郎)

(朝日新聞、2011年11月10日21時59分)



似非保守にして構造改革系(=破壊活動系)のメンタリティは父から息子へと受け継がれている模様。(笑)

小泉シンジロー!の利用価値は選挙時の客(アホ)集め用のチンドン屋の見せ物を演じる芸人の一匹として使えるかもしれないというところにある。小泉シンジロー!の利用価値は多くともそれだけである。それ以上の価値を期待したり、見出したりして使おうというのは禁物である。

・・・などと、ひと月ぐらい前までは思っていたが、今後、新自由主義(=構造改革派=革新系=破壊活動系)の実相が多くの国民の目に触れるようになって、新自由主義に対する国民の見方が大きく動いてくれば、選挙時の客(アホ)集め用のチンドン屋の見せ物を演じる芸人の一匹として使うことすら禁物となるかもしれない。

いずれにしても、利用にあたっては慎重さが必要である。

しかしながら、選挙時の客(アホ)集め用のチンドン屋の見せ物を演じる芸人の一匹としての利用価値すら無いに等しいのが谷ガキであるから、そうした観点からするならば、小泉進次郎の利用価値は谷ガキの利用価値よりも幾分高いと言える。


進次郎議員TPPは「若い人にチャンス」 - nikkansports.com

 自民党の小泉進次郎衆院議員が20日、東京・武蔵野市の成蹊大で講演し、賛成の立場を示す環太平洋連携協定(TPP)参加について「後ろ向きに考えず、若い人はチャンスだと思ってほしい」と呼び掛けた。「新しいルールができれば、既得権益にとらわれず新たなフィールドで活躍できる」と強調。「多少の痛みはあるかもしれないが、TPP1つで日本が壊れると思わない」と述べた。反対が多い党内で、賛成は少数派だけに「血まみれになっています」。一方で、「私が意見を言うと、反対派の先輩も『よく言った。これぞ国会議員の議論』と言ってくれる。私が厳しいことを言うのは自民党が国民のために働けると信じているから」と述べた。

 [2011年11月21日8時20分 紙面から]



>環太平洋連携協定(TPP)参加について「後ろ向きに考えず、若い人はチャンスだと思ってほしい」と呼び掛けた。

ここまでくると、もはや大学の講演会ではなく、新興宗教の入信説明会である。(爆)

こんなことだから、どこぞのカルト政党と連立を組むことを忌避しないメンタリティが、自民党にはいまだ健在なのである。そう思われても仕方ないと思われる。


小泉進次郎のプロフィール
http://profile.ameba.jp/koizumi-shinjiro/

◆平成16年3月
関東学院大学経済学部卒業
◆平成18年5月
米国コロンビア大学 大学院政治学部修士号取得
【職歴】
◆平成18年6月
米国戦略国際問題研究所(CSIS)研究員
◆平成19年9月
衆議院議員 小泉純一郎 秘書
自由民主党衆議院神奈川県第11選挙区支部長



小生は、一応、「CSIS 研究員」=「新自由主義教系・対日工作員」と理解している。
社会主義であれ、共産主義であれ、新自由主義であれ、保守主義であれ、経國済民を脅かすイデオロギーの布教活動はやめてもらわなければならない。

「豚の生姜焼き」が好物なら、クリスマスのディナーあたりに野豚を焼いて食ってもらいたい。





まだ判ってない人がまだまだいるっぽいので申し上げておくと、新自由主義と日本のマスメディア、たとえば朝日新聞の主義主張とは親和性が高い。
なぜなら、新自由主義=構造改革派=革新系=破壊活動系=非國體・反國體思想。

ちなみに、「新自由主義=構造改革派=革新系=破壊活動系=非國體・反國體思想」の「新自由主義」のところを「人民主権思想」や「共産主義」に置き換えれば、明治維新や大東亜戦争の真相ないし深層が少しずつみえてくるかもしれません。

そして、「共産主義」と「新自由主義」は対極にあらず、同じ盆の上に在り。双方の相同性を考察するには、ある人物について考察するのが手っ取り早い糸口のひとつかもしれません。その人物の名は「ハリー・デクスター・ホワイト」。

 ハリー・ホワイト - Wikipedia

看板が「共産主義」であれ、「新自由主義」であれ、構造改革、革新、破壊活動、このようなものに対する憧憬の念は断じて戒めねばならないのであります。

ブサヨ・サヨクの類にも、バカウヨ・民族系の類にも、こうした保守の観察眼を持つのに必要な哲学がほぼゼロであります。ここで言う「ブサヨ・サヨクの類」、「バカウヨ・民族派の類」とは、赤穂四十七士を忠義と称え、坂本龍馬をヒーロー扱いし、福澤諭吉を大偉人と崇め、226の革新系軍人を礼賛し、近衛文麿を賛美し、その一方で、井上毅を無視し、先帝陛下を語らず、吉田茂を貶す者達のことです。

井上毅、先帝陛下、吉田茂。このお三方がいらっしゃらなければ、いまごろ日本は、ロシアと共産支那にあらかたの海洋資源・森林資源等を収奪し尽くされて既に数十年が経過した後で、一部は砂漠化しており、日本人はよくて100万人程度の少数民族に転落し、その100万人についてもロシアか支那の辺境地帯に強制移住させられており、日本列島は主にロシアと支那から出る諸々の廃棄物の手頃なゴミ捨て場になっており、支那を追われた貧乏支那人がゴミの中からカネになりそうなものを拾い集める生活をして、日本列島の平野部全般にスラムを形成していたとさえ、推測する次第であります。





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政治・時事

「IMFの問題はストロスカーンだけか」

マウント・ワシントン・ホテル
Mount Washington Hotel.
ホテルの立て看板ではイタリック体の "The" を冠して
"The" Mount Washington Hotel となっている模様。
そうなのである。まさに、”あの” Mount Washington Hotel である。
(画像は Google のイメージ検索の結果をキャプチャしたもの)

マスメディアに斯様なIMF(International Monetary Fund)批判の記事が載るのは、此度のような機会でもない限り、まぁ珍しいかと思えたので、保存用にコピペ。今回は「保存用にコピペ」のエントリです。

【コラム】IMFの問題はストロスカーンだけか - WSJ日本版 - jp.WSJ.com
http://jp.wsj.com/Economy/Global-Economy/node_238683
(2011年 5月 19日 20:14 JST)

【ボストン】国際通貨基金(IMF)のドミニク・ストロスカーン専務理事が性的暴行の疑いで逮捕されたことは、IMFが最も避けたいこと――「注目」を招いてしまった。

IMFは、例えるなら、中世におけるローマカトリック教会のようなものだ。王の背後にいる真の実力者で、あらゆる場所で影から手を回し、決して説明のつかない存在。ストロスカーンの逮捕が、ギリシャの債務借り換えに支障をきたすかもしれない、との市場のうわさがある。こんなうわさが立つということは、よっぽどのことだ。

 下劣な性的スキャンダルだけが大衆の注目を集める、というのは悲しいかな、人間の性(さが)をよく表している。それは事実だ。しかし、人々の生活に影響を及ぼし、かつ見過ごされている真のIMFの問題に目を向けてもらうために、今、流行りのIMF話を臆面もなくさせて頂くことにする。

 それは、数カ月前に「発覚」したが、おそらく夕方のニュースではあまり取り上げられなかった。

 話としてはこうだ。IMFの「傲慢」「自己満足」「処世術」が、いかに3世代に一度の金融危機を助長したかということだ。

 断っておくが、これは私ひとりの見方ではない。IMFの独立監査役、IEO(Independent Evaluation Office)の意見なのだ。IEOは、IMFの問題点について調査を実施した。

 IEOによると、2004年から07年半ばまで、IMFは、「最終的に危機につながるぜい弱性とリスク」に対して、かなり無頓着だった。

 IMFは、明白な警告を出していない。IEOによれば、「07年4月時点でもなお、IMFのメッセージは、好ましい世界経済の環境が続くなかでの楽観主義を示していた」

 おっと冗談ではない。その時期はすでに「サブプライム」が金融市場の不安を呼び起こし始めてから数カ月が経っていた。 

 これはたいしたことではないのか。昔の話だと片づけられるのか。米国は今、先の金融危機がもたらした大量の失業、記録的な倒産と差し押さえ、数えきれないほどの家庭崩壊を味わっている。政府は新たな金融危機に備えて動いている。欧州も危機に苦しんでいる。

 IMFは、金融システムをめぐる中心的存在だ。信用バブルの間、IMFは一体どこで何をしていたのか。

 IEOの報告書は、IMFが無能だった理由として、「傲慢」「自己満足」「処世術」の3つを挙げ、痛烈に批判している。

1)「傲慢」について:報告書は、IMFのスタッフが、外部の調査や分析にほとんど注意を払わなかったことを指摘している。2004年から06年まで、信用危機が迫っていることを警告した賢明なエコノミストは多かった。ウォーレン・バフェット氏は、03年という早い時期に、デリバティブを「金融の大量破壊兵器」と呼んだ。しかし、IMFは気にもとめなかった。

 それどころか、IMFの責任者らは、どっかり腰を下ろして「集団思考」にふけっていた。「市場の規律と自主規制は、金融機関の深刻な問題回避に十分」と納得し合い、「“先進的な”金融市場が最小の規制で安全に機能するため、先進国の危機は起こり得ない」と思い上がりも甚だしく信じていた。

2)「自己満足」について:IEOによると、IMFのスタッフは、バランスシート分析が「不十分で、使い方を誤ることもあった」という。報告書は、「あるIMFの上級スタッフの発言にもあるように、IMFにとって、バランスシート分析はマクロ分析の“失われた環”だった」と指摘している。

 それは聞き捨てならないことだ。見習いアナリスト、いや、自分の資産運用に1カ月以上時間を割いた経験を持つ個人投資家でさえ、バランスシートが基本中の基本だということは知っている。損益計算書でさえ、バランスシートの次に重要なのだ。IMFはそのバランスシートを見ようともしなかった。

 IEO報告書は、金融情勢を振り返り、IMFは、多くの有用なデータを「無視または誤解した」と指摘。そのうえで、「そのデータ不足ゆえに、一部の金融システムの状態や証券化というリスク分散の特質に賛辞を送ることができた」とした。

3)「処世術」について:IMFでは、出過ぎた発言は最も嫌われた。組織に漂う「賢明さ」に刃向おうとする者はいなかった。波風をたてないために、迎合する――これが、IMFの幹部に昇進するための方法だった。「余計なもめ事を起こすな」「たとえ間違っていてもボスの言うことに反対するな」、である。

 IEOによると、「スタッフは、たとえ間違っていたとしても、組織内の評価に合えば失敗はない、と感じていた」「上級スタッフ数人が、強い異論を唱えることについて、キャリアを台無しにする可能性があると感じていた」という。上級スタッフがそうならば、ジュニアアナリストの目には、この組織はいったいどう映っていたのか。

 驚くべきことに、これらのIMFの欠陥は新しいものではない。ひとつとして知られていないものはない。「10年間」警鐘を鳴らしていた批評家も複数あったという。しかし、誰一人として行動を起こさなかった。

 つまり、これがIMFなのである。こういう役人たちを誰が問いただすのか。

 ストロスカーン容疑者がライカーズ島の収監施設に送られる光景を目にしたことで、IMFに漂うオーラは一部剥げ落ちたことだろう。もしそうならば、今が変革の時、である。

(筆者のブレット・アレンズは、マーケットウォッチとウォール・ストリート・ジャーナルのパーソナルファイナンス・セクションのコラムニスト)



で、ストロスカーン氏の後任の最有力候補と目されるのが、この方、クリスティーヌ・ラガルド仏財務相。

Christine Lagarde (クリスティーヌ・ラガルド仏財務相) 01 Christine Lagarde (クリスティーヌ・ラガルド仏財務相) 03 Christine Lagarde (クリスティーヌ・ラガルド仏財務相) 02
(画像は Daylife より)

IMFトップ人事:欧州は域内候補に固執、露は新興国-日米は沈黙 - Bloomberg.co.jp
http://www.bloomberg.co.jp/apps/news?pid=90920000&sid=aEnek1FzG_EQ
(2011/05/19 22:20 JST)

(一部抜粋)

ドイツのメルケル首相は19日記者団に、欧州のソブリン債危機が「欧州からの選出を妥当なものにする」と述べるとともに、迅速な決定が必要と指摘した。スウェーデンのボリ財務相は同日のブルームバーグテレビジョンとのインタビューでラガルド氏支持を言明。また、欧州中央銀行(ECB)政策委員会メンバーのウェリンク・オランダ中銀総裁は、ECBのトリシェ現総裁はIMF専務理事候補として「素晴らしい」と発言した。

IMFで6.25%という2番目に大きい議決権を持つ日本はまだ姿勢を決めていない。16.8%を持つ米国も沈黙している。


IMFトップ:後任、仏財務相を軸に 新興国は反発 - 毎日jp(毎日新聞)
http://mainichi.jp/select/today/news/20110520k0000m030133000c.html
2011年5月20日 2時30分

(一部抜粋)

ラガルド財務相は55歳。就任が決まれば女性としては初のIMFトップとなる。米法律事務所幹部を経て05年からフランス農業・漁業相を務め、07年6月には主要8カ国(G8)で初の女性財務相に就任した。今年2月と4月には主要20カ国・地域(G20)首脳会議の議長国代表として財務相・中央銀行総裁会議の議論を主導するなど国際感覚と政治力には定評がある。

IMFはストロスカーン容疑者の逮捕を受けて、水面下で後任の人選を急いでいる。ただ、今回の辞任劇が関係者にとっては想定外だったことや、中国やブラジルなど新興国を中心に「IMFトップは欧州出身者」との不文律への反発が強まっていることから、ラガルド氏の専務理事就任には紆余(うよ)曲折もありそう。新興国からは、欧州連合(EU)加盟交渉中のトルコのケマル・デルビシュ元財務相(62)や、シンガポールのシャンムガラトナム財務相らが後任候補として取りざたされている。



しかして日本は、

IMF・世銀総会、東京開催へ調整 12年秋 :日本経済新聞 電子版
http://www.nikkei.com/
(2011/5/20 2:00)

野田佳彦財務相は2012年秋の国際通貨基金(IMF)と世界銀行の年次総会を東京で開く方向で関係各国と調整に入った。東京での開催は 1964年秋以来、48年ぶりとなる。20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議も併せて開く見通し。東日本大震災からの復興に取り組む日本の姿を世界に直接アピールするきっかけとしたい考えだ。
(以下略)



IMFの会合なんて招致すべきではありません。無事に済んで「あー、やれやれ」ってな感じで、得られるものは、テロ対策の莫大な出費と心理的肉体的負担のみ。日本の国益に何のメリットもありません。

IMFの幹部や職員などというのはこれからますます、第三世界の人民によるテロの標的になるでしょう。第三世界の人民に罪をなすり付けるかたちの偽装テロ、なんていうのもありかもしれません。ここは「おとなり」の韓国にその会合の開催を優しく生温かく譲ってあげるのがよろしいかもしれません。(笑)

ついでに、

EU・IMF、ギリシャが抜本的民営化計画示すまで調査終了せず=関係筋 | マネーニュース | 最新経済ニュース | Reuters
http://jp.reuters.com/article/marketsNews/idJPnJT890858120110519



第三世界の諸国に「構造改革プログラム 構造調整プログラム (SAP)」などという激烈な新自由主義を強制してきた手前、ギリシャだけ特別扱いでは示しつかないでしょう。それに、ユーロ加盟国のなかでギリシャみたいな巨額な対外債務抱えてるとこはギリシャ一つではありません。

ユーロ加盟国なんぞになっちまった所為で「自前の通貨の暴落」もできず、いまさらながら、ギリシャって、なんでユーロ加盟国になったんでしょうか・・・。で、一体、ドーするつもりなんでしょうか・・・。


参考:
Carroll, New Hampshire - Wikipedia
  (↑いまのところ日本語版のウィキペディアにはこの項目なし。)
ハリー・デクスター・ホワイト - Wikipedia



新自由主義   株式市場   大東亜戦争  

商品紹介

【本】 中川八洋著 『近衛文麿の戦争責任』

近衛文麿の戦争責任(仮) 中川八洋著

PHP研究所 8月27日 ISBN:9784569791166

昭和史の常識を覆した「幻の奇書」、待望の復刊。日本はなぜアメリカと戦争したのか。華族筆頭だった男の裏切りと野望のすべて。



本やタウン の当該書籍の紹介文より。



「幻の奇書」=『近衛文麿とルーズベルト』のことなら、何冊かまとめ買いするか。楽天ブックスでは本体価格 1300 円と出ていました。

PHP 研究所発行の『近衛文麿とルーズベルト』のそのままの復刊ならば、弓立社刊『大東亜戦争と「開戦責任」』で追加された図等の掲載はないと思います。

『近衛文麿とルーズベルト』の再刊となった弓立社刊『大東亜戦争と「開戦責任」』には、『近衛文麿とルーズベルト』にはなかった図が幾つか追加されています。当時の新聞記事の切り抜きとか、近衛の死に顔の写真等。



『近衛文麿とルーズベルト』は、ある反日極左をその骨髄・脳髄から転向させるきっかけとなった書物でもあります。

大森勝久評論集
大森勝久評論集>私の思想的転向
大森勝久評論集>正しい思想が獲得できていない保守派
日本と自由世界の安全保障研究会



しかしなぁ、アマゾン、なんで「アダルト」なんだよ。
 ↓↓↓
amzon_9784569791166



文化・教養

【動画】 凛として愛



 YouTube - 凛として愛(1/7)
 YouTube - 凛として愛(2/7)
 YouTube - 凛として愛(3/7)
 YouTube - 凛として愛(4/7)
 YouTube - 凛として愛(5/7)
 YouTube - 凛として愛(6/7)
 YouTube - 凛として愛(7/7)



YouTube にアップされてから半年以上経つも、再生回数が 5000 ~ 6000 前後。再生回数 500 万ぐらいは欲しいところである。
3時間か4時間ぐらいの作品であれば、真実をもっと細かく盛り込むこともできたのかもしれないが、1時間前後でなるべく易しくわかりやすく、真実のさわりを伝えるという目的なら、先ず先ず納得し得る内容と思う。

ついこのあいだの真実をわかりやすく描くこのような作品を、ゴールデンタイムで放映する地上波テレビ局が一つも無いという現状は、総じて単なる偏向を通り越した異常であり、「反日」ないし「排日侮日」という名の、精神病の拡散か宗教の布教活動の為せる業と思われる。





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