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【保守哲学】 国学の系譜、帝國憲法の統 (三)

 本居宣長   井上毅(いのうえこわし)   陸奥宗光
 画像は左から順に本居宣長、井上毅(いのうえこわし)、陸奥宗光。
 本居宣長の画像は 本居宣長記念館HP より、
 井上毅と陸奥宗光の画像は 国立国会図書館HP より拝借。


【三】 そして、『国学(古学)とは國體護持の実践哲学である、あるいは真正の保守の思想に違わぬ哲学の統である』という認識だからこそ、昭和の前半の国家的危機の最中の実務において、天皇主権論者や民族系共産主義者などの右翼(=非國體思想の極左にして反米英系)と対峙された御二方を、ここで挙げておきたいのです。

昭和天皇 昭和天皇 - Wikipedia

吉田茂 吉田茂 - Wikipedia


真正の保守の政治を実現するためには、それを志す政治実務家も、その後援者や支持者も、以上に挙げた先達が所属し継受してきた国学(古学)の統に、いまこそ接続しなければならないと思います。

この哲学の学統を継受し、昭和天皇の天才性と臣民の命を繋がれた御聖断をいまに生きるもの、現存するものであるとして敬服できる人物、かつ、井上毅と陸奥宗光と吉田茂を足し合わせたような人物が、真の意味においての大臣かその補佐役として複数出現しないのであれば、日本の衰亡はおそらく既定路線とならざるを得ないと思います。そしてそのような人物は、もはや東京大学を頂上とする「日本社会主義人民養成学歴システム」からは輩出され得ないと見るべきではないのかと。というか、くれぐれもそのような「恐ろしい」人物が輩出して「極真保守政権」が誕生したり、真正大日本が出現しないようにするために、「日本社会主義人民養成学歴システム」があるのだと考えるべきではないのかと思います。

連合国(妄信的通称:国連)からすれば、ジャパンごとき国の総理大臣にはルーピー(クルクルパー)鳩山、朝鮮系の市民活動家であるカン・チョクト、あるいは財務省を飼い主とするその家畜であるところの野田某のような、少なくとも政治・経済に関しては一般国民以下のレベルの低知脳保有者がきっと相応しいのでしょう。ならば、連合国(妄信的通称:国連)が阻止したい回避したいと考えているのは、日本における「極真保守政権」の誕生であり、真正大日本の出現なのかもしれません。あるいはそのあたりにおいて、印象「左」にして看板「共産」「反米」の支那の対日当局の思惑と、印象「右」にして看板「新自由」「反共」の米国の対日当局の思惑には相同性があるのかもしれません。そして多少のイジメに遭ってでも端くれ的立場でもよいからその相同性クラブのメンバーでいたいというのが目下、竹島(松島)を不法占拠している南鮮であり、これは朝鮮生来の事大主義丸出しであります。

そして、そうした海外の陣営に多かれ少なかれ媚び従う傾向を示す反日日本人もまた、昨今はやりのところで申せば、占領憲法改正(あるいは「新しい自主憲法」制定)やTPP参加推進を唱えるという方法をもって、日本における「極真保守政権」の誕生を忌避するサインを知ってか知らずか発しているのです。この、日本人自身が日本における「極真保守政権」の誕生を、真正大日本の出現を忌避していることこそが、日本が国の内から外からしばしば「半人前扱い」や「小人(しょうじん)扱い」を受ける根本の要因ではないのかと思います。見透かされていると言ってよろしいでしょう。日本側のこのような精神状態では、たとえば北方領土(千島、樺太)に関する交渉において日本の国益に合致する正当な交渉ができる見込みはゼロ。ロシアの当局にしても、そのような状態の日本を本気で交渉相手にする必要など、どこにもないのです。

反日日本人のうち、経済モドキ政策においてはTPP参加推進に賛同し、憲法モドキ論議においては日本国憲法の改正(あるいは「新しい自主憲法の制定」)を進めたがる人々の正体は、「新自由主義」や「国民主権論」というイデオロギー(=主義、教義)を多かれ少なかれ信奉する人々(=信者)。TPP参加が経済の供給能力を(将来の経済環境の変化に対応するはずの供給能力をも含めて)低下させるであろうにもかかわらず、それでもTPP参加が正しいのだとする、少なくともその結論は彼らの脳内では最初から成立しているのでしょう。日本国憲法の改正(あるいは「新しい自主憲法の制定」)が、「法の支配」の「法」よりも人間の意思や理性が上にあるとする遵法精神ゼロ(=祖霊無視思想)を公言・流布する行為であるにもかかわらず、それでも日本国憲法の改正(あるいは「新しい自主憲法の制定」)が正しいのだとする、少なくともその結論は彼らの脳内では最初から成立しているのでしょう。目下、幅をきかせている「国民主権論」と「新自由主義」。朝日新聞も産経新聞も読売新聞も自民党も民主党もNHKも創価学会(公明党)も「維新の会」のハシシタもみんなの党も大方の政治学者も経済学者も、この「国民主権論」と「新自由主義」のセットが好きなようです。

イデオロギー護持のためなら、占領憲法の改正によって大東亜戦争の思想戦を今後も継続し、子や孫に「ウソつきになれ」「不正直になれ」「理性を信仰しろ」と強迫することになってもそれはやむを得ない、子よ孫よ我慢して従ってくれと考えている連中(=子孫虐待思想)。そのくせ、子や孫に対し、しばしば道徳やルールやマナーの重要性を語る。そしてそれほどの矛盾さえも、イデオロギー護持に由来するものならば、あまり問題にすべきではないとする。まことに占領憲法の改正(あるいは「新しい自主憲法の制定」)を提唱するという行為は、遵法精神ゼロにして祖霊無視思想を保有していることの証拠であり、かつ理性信仰にして子孫虐待思想を内に秘めているからこそできる業なのであります。占領憲法の改正(あるいは「新しい自主憲法の制定」)を提唱する連中が靖国に参拝するという行為が、英霊に対して一体どれほどの冒涜かということです。

反日日本人にとっては、政治・経済のおよそ一切のことは、何らかのイデオロギーという「度」の入ったメガネを通してでないと見えない、読めない、判らない、語れないのであり、また、そのイデオロギーという「度」の入ったメガネをかけながらでなければ、政治・経済のおよそ一切のことを見てはならない、読んではならない、判ってはならない、語ってはならないのかもしれません。別なたとえをするなら、イデオロギーとはまさに「思想の温室」であり、この「温室」の中に脳を置いた状態でないと、政治・経済のことを、言葉にして語るほどには見れない、読めない、把握できない症候群なのかもしれません。

あるいは、たとえば、拉致被害者の救出を訴えるマークであるブルー・リボンのバッジを着けて、占領憲法の改正や新自主憲法の制定を提唱するというこの多重人格症状を、「保守派」「保守系」の大多数を占めているかもしれない連中が自覚できる時は果たしてやってくるのでしょうか。それは拉致被害者の救出を訴えながら北朝鮮のバッジを着けているに等しいのだということ、わかりますか? 拉致被害者の救出を訴えながら北朝鮮のバッジを着けている人間を見て、その人間が本当に拉致被害者の救出を訴えているとあなたは見ますか? アメリカ人は見ますか? ロシア人は見ますか? 拉致被害者の救出を訴えながら北朝鮮のバッジを着けている人間、それが國體護持の実践哲学には程遠い、あるいは真正の保守の思想にも程遠い、イデオロギー信奉者の姿なのであります。

宣長先生の仰った「漢意(からごころ)」=反日思想、非國體思想が、従来の左翼市民系や支那・朝鮮礼賛系の方々の思想や主張のなかにのみならず、国民主権論者や新自由主義者の思想や主張、「尊皇」や「伝統」の看板を出している論者の思想や主張、各種の宗教家の思想や主張のなかにこそ織り込まれていることに、我々は目を光らさなければならないのであります。





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