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桎梏の印度、桎梏の日本 ~去勢の企て~

第六章 去勢の企て

-しかし印度人は叫ぶ-

 國民を去勢し、その精神を傷け、人間の羊群と化せしめるには、幾十年に亘つて、外國統治に隷属せしめることが最も確実な方法である。これは世界の全歴史が示す所である。精神が傷けられゝば、その國民は生ける屍である。そして一國民の精神を傷けるに最も効果的な方法は、その自由を剥奪するにある。
 羅馬人に征服された後の古代ギリシヤはその智力才能や多くの美しい性格を失ひ、平凡な國民に成り下がつてしまつた。原因は簡明だ。同じ結果は、オーストリー人によるイタリーの征服にも見られた。十四世紀における英國のスコツトランド統治、十五世紀における英國のフランス統治が、共に顕著な頽廃を長期に亘つてスコツトランド及びフランスにもたらしたことは、すべての歴史家が斉しく認めるところである。


J.T.Sunderland 著
ラス・ビハリ・ボース、田邊宗夫 共訳
『桎梏の印度』(平凡社、昭和八年発行)より。



いま、何冊かの本とともに、この『桎梏の印度』を読んでいます。

原著者の J.T.Sunderland 博士は『英國に生れ、幼時米國に移住帰化し、米國で教育を受けた人』で、本書の中には『若し印度が、発見当初のアメリカの如く、いはゞ空つぽの土地なら、英國人がそこに移住して生活の根を下ろす理由も判る。が印度はすでに印度人で一杯だつた。』などと、甚だ気に入らない記述にも時々出くわすのですが、上掲の『國民を去勢し、その精神を傷け、人間の羊群と化せしめるには、幾十年に亘つて・・・・・・』は、粗読みしているときから、小生の思いにほぼ一致かつ残留した一節です。

すなわち、この「桎梏」は何も歴史のなかの一定の時期のインドだけのものではないと。アフリカもそうでしょう、南北アメリカもそうでしょう、オーストラリアもタスマニアもそうでしょう。そして、GHQの占領の下に約7年間置かれ、昭和27年4月28日に講和条約が発効となって連合国との戦争状態が終結した後も、なお連合国の「桎梏」が取り除かれたわけではない、まさにこの現在の日本に、必然、思いを持って来ずにはおれないのであります。

その「桎梏」を意識せず、傷んだ国民精神をどうすれば立ち直らせることができるかの悩みも持たず、その困難を意識せず、その悩みや困難を克服しようと現に汗して行動している人々を嘲笑するかのような言動をテレビカメラの前で垂れ流し、悩みや困難と言えば己の人気やカネや健康や己の身内や己の党のことしか頭になく、GHQ史観の怪しさを嗅ぎとれず、そうした正統の歴史認識の欠落した国会議員に、国益重視の外交は無理です。幾ら学歴や資格があっても無理。否、外交どころか、もっと国民に身近な学校教育や公衆衛生を議論させても、その中身も結論も実際も国益・国民益重視とはならず、私益・団体益・省益・党益・派閥益・グループ益重視、場合によっては「よその国の国益・国民益」重視となります。

民主小沢チルドレンは大半がそんな連中でしょう。早い話、パッパラパーのお坊ちゃま・お嬢ちゃま。もっとも、かつて大量当選し、先ごろ大量落選した小泉チルドレンとその周辺も同様。そんな小泉に沸いて支持して投票した方々も同様。

そうした政治家や人々に限って、或る人々は「護憲」を唱え、或る人々は「憲法9条の改正」を主張する。どっちも、サヨク・リベラル。9条教はもちろん、9条改正教もその大半はブサヨ・リベラルの一種であります。どっちも「桎梏」がモロに効いている一つの証拠。


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