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支那の少数民族地図

参考:中国の少数民族地図 (社会実情データ図録)

「少数」といっても、チワン族は約1600万人、満州族(満族)や回族は各々1000万人前後、ウイグル人は約800万人、モンゴル人とチベット人は各々500万人以上が生活しています。

北朝鮮との境付近には約200万人の朝鮮族が市街を形成しています。

図の中央あたりに「チャン族」とありますが、そのあたりが四川の大震災で最も甚大な被害のあった場所のひとつでしょうか。

共産支那がらみのニュースや話題があるとき、その個々の内容はともかくとして、こういう地図をあたまに思い浮かべることは有用と思います。支那という地域全体を「中国」という色の絵の具で、何となく一色塗りにしたままでいると、そうしたニュースや話題の背景に対する正しい理解や考察が妨げられかねないのが、多くの場合、我々の脳髄の現状ではないでしょうか。

以前にブックマークしていたこの「中国の少数民族地図」を今回思い出したのは、次のニュースがあったからです。

北京開会式「56の民族代表」も偽装でした

【北京五輪・偽装】8日の北京五輪開会式のアトラクションで、「中国の56民族を代表する」と紹介された子供の多くは、実際には各少数民族の衣装を着ていただけの漢民族だったことが分かった。北京五輪組織委員会が15日の記者会見で認めた。開会式当日に配布された資料には、子供たちは「中国の56民族からの56人」と明記されている。子供たちは開会式で中国国旗を持って行進した。共同電によると、記者会見で、同組織委の王偉執行副会長は「イベントなどではよくあること。たいしたことではない」と話した。

開会式をめぐっては、世界中に放映された、花火による“巨人”の足形が合成映像だったことや、革命歌曲を歌った少女の歌声が別人のものだったことも判明している。

中国のチベット自治区や新疆ウイグル自治区では、漢民族支配に対する住民の強い反発が顕在化しており、国旗入場の場面は民族融和を演出する狙いがあった。

(スポニチ、2008年08月16日)



共産支那に「民族融和を演出する狙いがあった」かどうかは必ずしも判然とはしませんが、のちに「偽装」と指摘されることを判ったうえでやったのかと思うほどの、なんともお粗末な偽装は、幼稚で自己中心的な犯罪者の為すレベルのものでしょう。


【YouTube で拾った動画】
桜井よしこが語る中国の問題点 1/2 (2008/08/01)
桜井よしこが語る中国の問題点 2/2 (2008/08/01)


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国民国家(ネイション・ステイト)と共産支那

体制崩壊へ向かう「中国の末路」 - 中韓を知りすぎた男 より、その一部分

最近の多くの評論家は中国の崩壊がやがて始まると主張し始めました。しかし中国は崩壊しません。何故なら崩壊する国が存在しないからです。

中央政府が経済的に崩壊することはありますが、人民軍が押さえている地方政府は破綻と言う言葉は存在しません。

北朝鮮のような恐ろしい国が7つ生まれるだけです。

北朝鮮の国民は飢餓の線上で苦しんでいますが、国は存続しています。中国も中央政府が弱体化して、一党独裁国家が7つ出来ても農民の生活は何も変わりません。

欧米人も日本人も中国を統一された一つの国として考えるから、中国の未来が見えなくなるのです。どこの国も「国民国家」という当たり前のシステムをもっています。異民族の集合体である中国は20世紀になって初めて国を意識しました。

その為に4千年間変わらない「永遠不滅の中国」を演出するために歴史を捏造して、最強の国家システムを作ろうとしたのです。

皇帝の私有物である帝國を中国という国民国家にすること以外、中国が生きる道はなかった。

しかし1912年中華民国建国以来、国民国家に向けて必死に努力しているが、いまだ成功したとはいえない。


別冊「正論」 中国人にとって「歴史」とは何か / 東京外国語大学名誉教授 岡田英弘先生 より、その一部分

「中国四千年」や「中国五千年」という言い方は、二十世紀はじめに誕生した、中国のナショナリズムが産み出したことばである。一九一一年、最後の中国王朝である清朝を倒そうとする辛亥革命が起こった。このとき、革命派は「黄帝即位紀元四六〇九年」を名乗ったのであった。

それまで中国では、暦は、天命を受けた天子である皇帝に属するものだった。革命派にとってみれば、倒そうとする当の相手の清朝皇帝の暦は使えないし、アヘン戦争以来の憎き敵であるヨーロッパ人の、キリスト生誕にはじまる西暦を使うのも嫌だった。

それで、革命派は、中国最初の歴史書である司馬遷の『史記』に登場する、歴代皇帝の最初の祖先とされる、神話上の天子である黄帝を持ち出して、中華民族はすべて黄帝の子孫である、としたのである。これが、「中国五千年」という文句のはじまりだった。

じつは、黄帝即位紀元と中華民族という中国の新しい神話は、神武天皇以来万世一系の天皇と、天照大神の子孫の大和民族という、明治維新以来の日本のナショナリズムをまねたものであった。中国の革命派のほとんどは、一八九四~九五年の日清戦争に日本が勝利したあと、日本に留学して近代化を学んだ、もとの清国留学生だったのである。

中国に大変化が起こったのは、西欧の衝撃を受けたせいではなく、すべて日本のせいである。日清戦争の敗戦の衝撃によって、ようやく清朝は中国文明の伝統を放棄し、日本式の国民国家化に踏み切ったのであった。

清国は、一八九六年から毎年多数の留学生を日本に送り、科挙出身者の代わりに登用するようになった。一九〇五年には、隋の時代から一千三百年も続いた、国家の上級官僚を採用する科挙の試験を正式に廃止した。日露戦争に日本が勝利したあと一九〇六年からの日本への清国留学生の数は、年間八千人から九千人にものぼったのである。

清国留学生は、日本の文化を大いに吸収した。政治形態を改革しようとする人びとも、当初は日本の明治維新にみならって立憲君主制を採用しようと考えていた。ただし、中国の皇帝は日本の天皇と違って異民族であったために、最終的には辛亥革命によって一九一二年に清朝は崩壊し、中華民国が生まれたのであった。

しかし、中華民国は、日本と違って、国民国家にはほど遠かった。なぜなら、モンゴル人やチベット人や新疆のイスラム教徒は言うまでもないが、漢族の間の共通語すらなかったからである。



人口13億、14億の「国民国家」成立の可能性は、太平洋のどこかに落っことしたコンタクトレンズを探し出す可能性よりも低いでしょう。

自称4000年だか、5000年だか知りませんが、北京オリンピックは、支那自らが、日米欧などの国民国家(ネイション・ステイト)とは異質な存在であることを世界にダメ押しにさらけ出し、あらためて確認させる、という意味においての小史的イベントになるやもしれぬことを、支那はどれほど認識できているのか。

あるいは、そもそもそうした認識をもつのに必要な、自己をみつめる意識なり学習能力なりを、支那のなかの人々が彼らの幾世代に亘って養ってきたのか、培ってきたのか、そこらへんが甚だ怪しい。

支那や朝鮮の地歴といきさつの真実を知ること、またそれを知ろうと努めることは、我々日本人にとって、どなた様かの(主として共産支那とアメリカの)ご意向やご都合の混入した、良く言っても「合成」史、早い話が「でっち上げ」史に騙されない、囚われない、正しい歴史認識を備えるための、不可欠の方法に違いないと思います。

なお、「新疆」とは「新しく手に入れた領土」という意味で、これは支那からみればそういうことになりますが、東トルキスタンのウイグルの人々をはじめ、支那による弾圧に苦しめられ、支那による核実験の被曝に苦しめられ、生きるという最低限の自由さえ奪われた人々にとっては、「新疆」は支那によって不当に押し付けられた表現ということになるでしょう。


【YouTube で拾った動画】
“東トルキスタン” の検索結果


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